家族信託の実務
家族信託と債務控除のお話
2023・9執筆
信託と債務控除
☆信託財産責任負担債務とは
受託者が信託前から発生していた委託者の債務を引受け、かつ、信託契約書に当該債務を信託財産責任負担債務とする定めがある場合の当該債務、あるいは、受託者が信託事務の一環で金融機関から借入を行った場合の金融機関に対する債務、これらの債務はいずれも信託財産責任負担債務となり、受託者が信託財産に属する財産をもって履行する責任がある債務とのことを指します(信託法2条9項及び同法21条3号、5号)。
☆信託財産責任負担債務と債務控除の問題
信託財産責任負担債務の返済が終わらないうちに、受益者の死亡を事由として信託が終了した場合、相続税の算定にあたり、終了時に残った債務を当該受益者の相続財産(負債)として計上できるのか、という問題があります。
以下、具体的な事例で検討してみます。
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信託財産責任負担債務のある信託において、受益者である夫が死亡し、次の受益者に妻が指定されたケース(信託は継続中)
この事例では、税法上、新たな受益者となった妻は、当該信託に関する権利を夫から遺贈により取得したものとみなされます(相続税法9条の2第2項)。そして、信託に関する権利又は利益を取得した妻は、当該信託の信託財産に属する資産及び負債を取得し、又は承継したものとみなされることになります(相続税法9条の2第6項)。
信託財産責任負担債務は、信託財産に属する負債に該当するため、妻は、当該債務を遺贈により承継したこととなり、夫の相続税の算定にあたり、債務控除を受けることが可能とされています。
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信託財産責任負担債務のある信託において、受益者の夫が死亡したことを原因として信託が終了し、帰属権利者として妻が指定されていたケース
このケースでは、妻は、当該信託の残余財産を夫から遺贈により取得したものとみなされます(相続税法9条の2第4項)。しかし、同条6項は、第4項を準用していないため、少なくとも条文上、妻は信託財産に属する負債を承継したとみなすことができず、事例@と異なり、債務控除を受けることはできないという懸念があります。
この懸念を回避するため、実務では、契約作成時において、受益者の死亡によって信託を終了させないといった作り込みを検討する必要があるとする指摘があります。
このように、信託財産責任負担債務の存する信託が受益者の死亡によって終了した場合、現状、当該債務に関する税務上の扱いは不透明です。受託者による借入れ等を想定している民事信託は、この点を留意して組成する必要があるといえます。
以上
参考文献 「任意後見と民事信託を中心とした財産管理業務対応の手引き」
著者:日本司法書士会連合会 民事信託等財産管理業務対策部/編
相続税法第9条の2 条文確認
相続税法
(贈与又は遺贈により取得したものとみなす信託に関する権利)
第9条の2 信託・・の効力が生じた場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の受益者等・・となる者があるときは、当該信託の効力が生じた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の委託者から贈与(当該委託者の死亡に基因して当該信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。
2 受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに当該信託の受益者等が存するに至つた場合(第四項の規定の適用がある場合を除く。)には、当該受益者等が存するに至つた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の受益者等であつた者から贈与(当該受益者等であつた者の死亡に基因して受益者等が存するに至つた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。
4 受益者等の存する信託が終了した場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となる者があるときは、当該給付を受けるべき、又は帰属すべき者となつた時において、当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となつた者は、当該信託の残余財産(当該信託の終了の直前においてその者が当該信託の受益者等であつた場合には、当該受益者等として有していた当該信託に関する権利に相当するものを除く。)を当該信託の受益者等から贈与(当該受益者等の死亡に基因して当該信託が終了した場合には、遺贈)により取得したものとみなす。
6 第1項から第3項までの規定により贈与又は遺贈により取得したものとみなされる信託に関する権利又は利益を取得した者は、当該信託の信託財産に属する資産及び負債を取得し、又は承継したものとみなして、この法律(第四十一条第二項を除く。)の規定を適用する。ただし、・・・以下、省略